遅番日記

何とな〜く、何気な〜く、日々のこと

陽はまたのぼりくりかえす

"生き急ぐとしてもかまわない

飛べるのに飛ばないよりはいい"



陽がのぼった頃に家を出た


ラッシュの時間帯は避けたかったので

早目の時間に電車の席を予約していた


前は都内に住んでいた時もあったから

あまり気にならなかったけど

新宿駅や東京駅には

何だかアウェイ感があった

"毎日通勤してたんだけどなぁ"と

懐かしみながらも

何処かソワソワしてしまった


暖かいコーヒーと一緒に席につくと

何年かぶりの新幹線は動き出した

"6年前の京都旅行以来か"

途中まで思いを巡らせるけど

辛くなるのでやめた


西へむかう


途中、富士山や浜名湖を見る事が出来て

何だか心が落ち着いた


名古屋で乗り換えて

山岳地へ入っていく

高校時代の夏に軽井沢へ行った事があったけど

同じ路線のはずなのに記憶にない


家を出てから4時間くらいか

最寄りのはずの駅から

タクシーを拾って

おおまかな住所だけ伝えて送ってもらう

ここからはグーグル先生頼みだ


事前に手紙を出していた

"〇月〇日に伺います"

とだけ書いて、携帯番号を記して封をした


都合が悪ければ連絡が来るだろうと思っていたら

何もアクションは無かったので

決行した


タクシーを降りて

ここからは徒歩


全く知らない街だけど

何だか何処か暖かいような

明るくて、閉塞感がないように感じた


携帯にナビしてもらいながら

下を向いて歩いていると

『〇〇さん』

と、声がかかる


路地に入る手前の角にある個人商店の前で

両手に買い物袋を持った

優しい笑顔が

以前と変わらない実直な目を携えていた


『昼飯、鍋はどうかなって思って』

買い出しに出た帰りに

見つけてくれたようだった


おそらく築年数は結構経っているけど

手の行き届いた綺麗な部屋だった

必要最低限の家具と寝具

物欲が無いのは昔から変わらないかな

ただ、何処か簡素な感じもした

部屋の中を眺めていると

飲み物を運んできてくれた


『今日はありがとうございます』

『いや、こっちが押しかけただけだから』


そこから先の会話が

すすまなかった


聞いて大丈夫な事や聞かない方がいい事を

見繕って来たはずだけど

言葉につまった

ただ

『あの時は、本当にごめん』

伝えたかった言葉を

自己満足だとわかっていながら

伝えずにいられなかった


『あの時?って…?』

本人はスゴく気にしていても

当人が気にしていない事はよくある


そのまま、"あの時"の事を伝え

その後で僕がどう思っているのかを説明した


『いや、そんなに深い意味はなかったんですよ

"あの言葉"は本当にそのままの意味ですよ』

と、笑っていた

場が少し和んだ事で

会話がすすんでいった


用意してくれた昼食を頂きながら

お互いの近況報告をした

僕が介護職を離れている事を

ひどく気にしていたが

きっかけはどうであれ

自分を見直す良い期間だからと

伝えると

納得はいかないまでも

飲み込んでくれたようだった


会話が途切れた所で

『TV…無いでしょ』

"そうか、それでなんとなく簡素な感じがしたのか"と、思っていると

彼の両手が少し震えていた


『見れないんです、怖くて』


顔色が悪く、汗も止まらないようで

両手の震えも増していた


これまで

どんな事があったのだろう

どんな気持ちで過ごしてきたのだろう

誰にも頼る事が出来ず

誰の事も信じられず

罪に対する罰と制裁は

十分と思えるくらい受けている

この先もずっと

生きている限りずっと

背負っていく咎は

想像が出来ない


それでも彼は連絡をくれた

生きていると教えてくれ

これからも背負って生きていく事を

決意している

『それが自分にできる事です』

そう言う彼は

受け入れて

乗り換えて

前を向く為の準備をしているように見えた


また会いにくる約束を取り付けて

僕は帰路についた


帰り際、奥さんに連絡をとって良いかと尋ねた

『心と身体がもう少し落ち着いたら

自分からしますので』

まだもう少し時間が必要なんだろう

それ以上話しを広げる気はなかった


昨日の夕刻、手紙が届いた

今度はしっかりと差出人の明記があった


"やっぱり話せて良かった。少しずつですが自分のした事への向き合い方を変えていけそうです。今はまだ無理ですけど、今度は自分がそちらへ伺います。"


1枚の写真が同封されていた


子供を抱きかかえている

四角い黒縁眼鏡の向こうの目は

泣きながら笑っていた